最近、死刑廃止の論説や議員、プロ市民の方々の意見が目立つ

もちろん、冤罪の可能性のある事案もあるだろう
そういったものは、刑の執行をのばしたりするのは当然だろうし、裁判を受ける権利というものがあると思う。



だが、しかし・・・




確実に罪を犯し、裁判でも有罪になった人間を足りない税金を使い、監視を含め莫大なたコストをかけて、生かしていくのが必要なのだろうか?



人権人権というが殺された人たちの事をほうっておいて何が人権なのだろう
どういう理由であろうと、他人の人権を自らの都合で奪っておいて自分の人権を訴える(しかも裁判で情状酌量の余地なく、更正不能と判断されたわけだよね)


もちろん被害者の遺族の気持ちたるやしかりである。
ほんの小銭の為に今まで育ててきた子供を奪われた親の気持ちなど、決してこの死刑反対の人たちにはわからないと思うし、当然、事故や未必の故意、反省などがあれば遺族も死刑を望みはしないと思う。





人が人を裁くというのが間違っているという
だが、神が裁かない以上誰かが行うしかないし、それが裁判という制度だ




だいたい、つつましく生きている日本国民で、罪を犯していなくても生活に困り、餓死する人も出るくらいな現状で、税金を使うところを間違っているのではなかろうか?
死刑囚一人を一生殺さず、医療などを行い、あまつさえ福利厚生まで見るのにいったいどれだけの費用と人がかかわるのか・・・


この死刑廃止を訴えてる人たちの家の近所に、出所者の更正施設が出来ようものなら即座に反対運動をすることだろうよ。せめて殺人で無期懲役だった人たちが保釈される際に自宅で一緒に保護観察をやってる人が言ってるなら別なんだけどね・・・
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